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東京地方裁判所 昭和58年(ヨ)2251号 判決

申請人

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

堀江達雄

佐伯剛

被申請人

日本航空株式会社

右代表者代表取締役

山地進

右訴訟代理人弁護士

宮本光雄

大矢勝美

主文

一  本件仮処分申請をいずれも却下する。

二  申請費用は申請人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

1  申請人が被申請人に対し労働契約上の権利を有することの地位を仮に定める。

2  被申請人は申請人に対し昭和五八年三月二三日以降毎月二五日限り一三六万三六一八円の割合による金員を仮に支払え。

3  申請費用は被申請人の負担とする。

二  申請の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  申請の理由

(被保全権利)

1 被申請人は国内、国外において航空機による運送事業を営んでいる株式会社であるところ、申請人は昭和四四年四月被申請人に雇用されて仙台基礎訓練所の訓練生となり、同四五年七月運航乗務員副操縦士に任命され、国内・東南アジア路線(第一二主席付)に、同四六年一月北廻り欧州路線に所属、同年九月、被申請人仙台基礎訓練所操縦教官に任命され、同四八年六月副操縦士に任命されて東南アジア路線に就航、同五二年二月左座席副操縦士コースの訓練開始、同五三年九月機長昇格訓練に入り、同五四年三月DC―8型機機長に任命されて主事の辞令を受け、国内、中国、南廻り欧州路線に所属して勤務していた(なお、申請人は、右の間の昭和四二年三月航空級無線通信士技能証明書を、同年一〇月三等航空通信士技能証明書を、同四八年一月定期運送用操縦士技能証明書を、同年九月英語検定二級の各資格を取得した。)。

2 被申請人は昭和五八年一月二二日申請人を通常解雇したとして、同日以降申請人の労働契約上の権利を有することの地位を争つている。

3 申請人の賃金は一か月一三六万三六一八円であり、毎月二五日に支給を受けていた。

(保全の必要性)

4 申請人には妻と子供三人の家族があり、被申請人からの賃金以外に収入の途を有しないから、本案判決の確定を待つていては申請人とその家族は経済的に困窮し回復し難い重大な損害を被ることは明らかである。

よつて、被申請人が申請人に対し解雇予告手当として供託した二一三万一七六七円を昭和五八年一月分及び二月分の賃金として受領したうえ、申請の趣旨記載の裁判を求める。

二  申請の理由に対する認否

1  申請の理由1及び2の各事実はいずれも認める。

2  同3の事実中、一か月の賃金額を除きその余の点は認める、一か月の賃金は一三六万〇四四一円である。

3  同4の事実は争う。

三  抗弁

(解雇)

被申請人は昭和五八年一月二二日申請人に対し、就業規則五二条一項三号「勤務成績が著しく不良のとき」及び同五号「本人の責により雇用を継続し難い重大な事由が生じたとき」に各該当する事由があることを理由に、同日付をもつて解雇する旨の意思表示(以下「本件解雇」という。)をした。

(解雇の理由)

本件解雇の理由は次のとおりである。

1 (運航乗務員としての資格(被申請人が申請人につき「運航乗務員としての資格」という場合は「機長としての身分・地位」を意味する。以下、同じ。)の喪失)

申請人は、以下に述べるとおり、運航乗務員資格審議委員会(以下「委員会」という。)において運航乗務員としての資格を免ぜられたため、債務の本旨に従つた労務の提供が不能となり、労働契約の目的を達し得なくなつた。すなわち、就業規則五二条一項は「会社は職員が次の各号の一に該当すると認めるときは解雇する。」と定め、その五号には「本人の責により雇用を継続し難い重大な事由が生じたとき(同規則解釈運用基準によれば「本人の責により雇用を継続し難い重大な事由」とは「(1)、(2)省略。(3)、本人の責により資格を喪失し、職種変更ができないとき」とされている。)」と定められているところ、申請人の右資格喪失は右五二条一項五号に該当するものである。以下、その理由を述べれば次のとおりである。

(一) (職種の限定)

被申請人の職員は職員ⅠないしⅣの四つの職種に分かれ、それぞれ職務の内容、採用手続、採用後の労働条件等が全く異なつているところ、申請人は職員Ⅲの運航乗務員として職種を限定して雇用され、航空機の操縦業務及びこれに付帯関連する業務に従事していたものである。

(二) (委員会の設置目的、権限等)

被申請人は、運航乗務員としての資格が高度に専門的な技量、身体的条件、精神的安定性を要求されるほか、その職務の重大性のゆえに、人事的影響を排するため、これを通常の人事として人事所管部署には扱わせず、純粋に右観点のみから判断すべきであるとの考えから、「運航乗務員資格審議委員会規則」一、二に基づき、運航乗務員の資格の得喪、変更を審議決定する権限を有する機関として委員会を設置している。そして、委員会は、運航本部長を委員長とし、業務部長、運航部長、企画部長、査察運航乗員部長、運航乗員訓練部長、乗員部長をもつて構成されている。

(三) (運航乗務員としての資格の喪失)

委員会は、昭和五七年一二月二七日、左の事由により申請人の運航乗務員としての資格を免ずる旨の決定(以下「運航乗務員を免じた決定」という。)をなし、申請人の再審議申立も却下し、これにより該決定は確定した。すなわち、

(1) 申請人は、機長として、被申請人のオペレーションマニュアル〇四―〇二に定めるところに従い、被申請人の代表としての自覚と良識とをもつて行動するよう心掛けなければならないにもかかわらず、昭和五六年三月頃から同年九月頃までの間、配偶者のある乙山花子(以下「花子」という。)と密会を重ねたうえ、数回にわたつて肉体関係を持ち、これを理由に強姦罪で告訴され、さらに住宅に対して仮差押を受けた。その間、申請人は、たとえ合意のうえとはいえ、右の如き関係が倫理上許されないことに全く思いをいたさず、発覚さえしなければなお継続していたであろうことは推認に難くないばかりか、発覚後も合意のうえであることを弁明するのみで、右の行動が社会的非難に値し、花子の貞操義務違反に加担する不法行為を構成することの反省、謝罪は全くなく、これが結局問題をこじらせて右仮差押と不法行為を理由とする損害賠償請求訴訟の提起となつたことは明らかといわなければならない。しかも申請人は、花子と格別親しい間柄になつて以降同女との密会等のため、同年三月一六日、機長として航空法上義務付けられている「非常救難訓練」の受講を命ぜられていたにもかかわらず、被申請人に何らの連絡もしないまま出社せず、花子と鎌倉市所在の円覚寺を散歩し、昼食を共にしたうえ横浜市所在の山下公園まで同道し、同年五月二五日も「非常救難訓練」の受講を命ぜられていたにもかかわらず、被申請人に何の連絡もしないまま右訓練を受講しなかつた。さらに申請人は、同年四月二七日、路線慣熟のため、同日午後八時三〇分成田発バンコック行四七一便に副操縦士として乗務したが、その乗務前に新橋第一ホテルで花子と肉体関係を持つた。

右以外に申請人は、同年三月二五日、路線慣熟のため副操縦士として四七三便(成田―バンコック)乗務、二六日ないし二八日バンコック滞在後二九日同様に四七七便(バンコック―カラチ)乗務、三〇日四七八便(カラチ―バンコック)乗務、三一日バンコック滞在後四月一日四七二便(バンコック―成田)乗務という一連の乗務を命ぜられていたにもかかわらず、三月二四日、翌二五日が妻の誕生日であることから、花子と同日両家族ともどもレストランにおいて食事をすることを約束し、右二五日病気と称して被申請人に虚偽の理由を述べて出社せず、総勢九人で食事を楽しんだため、被申請人は右一連の乗務スケジュールの変更を余儀なくされ、さらに、次の乗務のために被申請人がその負担で宿泊せしめている外地ホテルから花子に電話し、乗務帰国後花子に会うため演奏会場に駈けつけ、空港に花子を呼んで乗務終了後一緒に被申請人の送迎タクシーで帰宅するなど、不倫の情事に耽溺する余り、およそ機長としてあつてはならない職務放棄を行い、業務中の高度の精神集中を欠いているとの合理的疑いを払拭できないような行動をとつていたのである。

(2) そして、右関係発覚後も適切な対応を欠き、申請人は、昭和五七年三月二三日第一回の航空身体検査を受診したものの、所定の第二回検査については、被申請人の二度にわたる督促にもかかわらず受診せず、そのため申請人が所持していた第一種航空身体検査証明は期限である同年五月二四日をもつて失効し、同日以降申請人は、航空法二八条一項により、定期運送用操縦士として操縦業務を行うことができなくなつたし、これ以後同証明を得るため身体検査を受診したことはなかつたのであるが、申請人は、同年五月当時、右検査に合格しないと自ら判断するほど精神的に憔悴し切つていた。

(3) 右のような事実に加え、沈着、冷静を旨とし、その故に高い社会的評価を受けている機長という職にある申請人が、昭和五六年九月七日、別居中の妻に子供を託すべく、妻が身を寄せていた妻の妹の嫁ぎ先である丙川次郎宅に赴き、応待に出た妻に対しやにわに手拳で顔面を殴打したことから、妻の義弟と殴り合いのけんかとなり、同人に加療約一週間を要する左前腕、右太腿打撲の傷害を与え、これにより昭和五七年一月鎌倉簡易裁判所において罰金二万円の有罪判決(確定)を受けたことを併せ考慮すれば、このような申請人に運航乗務員として全幅の信頼を置き、約三三億円の機材と二〇〇余名に及ぶ人命とを委ねることは到底できないといわなければならない。

2 (不就労)

申請人は次のとおり正当な理由なく就労しなかつたのであるから、前記就業規則五二条一項三号に該当する。

(一) 申請人は、前述したとおり、昭和五六年三月一六日、機長として航空法上義務付けられている「非常救難訓練」の受講を命ぜられていたにもかかわらず、被申請人に何らの連絡もしないまま出社せず、花子と鎌倉市所在の円覚寺を散歩し、昼食を共にしたうえ横浜市所在の山下公園まで同道した。

(二) 申請人は、前述したとおり、同月二五日、路線慣熟のため副操縦士として四七三便(成田―バンコック)乗務、二六日ないし二八日バンコック滞在後二九日同様に四七七便(バンコック―カラチ)乗務、三〇日四七八便(カラチ―バンコック)乗務、三一日バンコック滞在後四月一日四七二便(バンコック―成田)乗務という一連の乗務を命ぜられていた。ところが、申請人は、この一連の乗務が開始される前日の三月二四日、翌二五日が妻の誕生日であることから、花子と同日両家族ともどもレストランにおいて食事をすることを約束し、右二五日病気と称して被申請人に虚偽の理由を述べて出社せず、総勢九人で食事を楽しんだため、被申請人は、右のことにより一連のスケジュールを変更せざるを得なかつた。

(三) 申請人は、前述したとおり、同年五月二五日、「非常救難訓練」の受講を命ぜられていたにもかかわらず、被申請人に何の連絡もしないまま右訓練を受講しなかつた。

(四) 申請人は、同年五月二六日、定期地上訓練を命ぜられていたにもかかわらず、花子らと知人宅でパーティを開催して右訓練を受講しなかつた。

(五) 申請人は右に述べた不就労発覚後、被申請人からたびたび出社を命ぜられたにもかかわらず、その期日である昭和五七年一一月四日、同月八日、同月一〇日、同年一二月三日のいずれにも正当な理由なく出社せず就労しなかつた。

3 (忠実義務違反)

申請人は、次のとおり被申請人に対し、労働契約上忠実義務を負うところ、これに違反したのであるから、前記就業規則五二条一項五号(同規則解釈運用基準によれば(1)は「懲戒解雇又はこれに相当するような非行を行つたとき」、(2)は「反社会的な行為を行つたとき」、(4)は「その他前各号に準ずるとき」とされている。)に該当する。すなわち

(一) 労働者は、労働契約の締結により、労務提供義務を負うと同時に、付随的に、使用者の利益を不当に侵害しないよう行動すべきいわゆる忠実義務を負担するところ、使用者と一体となつて、その利益のために行動すべき労働契約上の義務を負担する管理職にとつて、右の忠実義務は、一般職員と異なり単なる付随的義務にとどまるものではなく、労働契約上の本来的義務そのものというべく、その内容も一層高度なものが要請されているといわねばならない。

(二) 申請人は、管理職たる機長として、乗務中はもとより、勤務外においても、その職務に対する高い社会的評価と被申請人のナショナル・フラッグ・キャリアとしての地位を充分に弁え、いやしくもみずからの軽卒な行動により被申請人の安全運航体制に対する世人の疑念を招きあるいはその信用を失墜されるが如きことのないよう行動すべき労働契約上の義務を負つているにもかかわらず、前記のとおり花子と不倫な関係を続け、その結果強姦罪で告訴されたばかりか損害賠償請求権を被保全権利として所有不動産の仮差押を受け、さらには夫婦の不仲が原因し、第三者とけんか口論の揚句傷害罪で有罪判決を受けているのであつて、このうち強姦罪については不起訴処分になつているものの、その実態に照らし評価を左右するものではないから、全体として忠実義務に違反したものといわねばならない。

四  抗弁に対する認否

被申請人が申請人に対し、昭和五八年一月二二日、被申請人主張の就業規則を適用して本件解雇をなしたこと(就業規則五二条一項三号及び五号には被申請人主張のとおりの定めがなされていることをも含む。)は認める。

1  1(運航乗務員としての資格の喪失)について

委員会において申請人の運航乗務員としての資格を免じたことは認める。しかし、申請人の運航乗務員としての資格喪失が右五二条一項五号に該当することは争う。

(一) (一)の事実は認める。

(二) (二)の事実中、被申請人が運航乗務員としての資格一般に関する事項を審議するため、その主張の委員から成る委員会を設置していることは認めるが、その余の点は否認する。

委員会には運航乗務員としての資格を免ずる権限はない。すなわち、

運航乗務員としての資格とは、被申請人の主張とは異なり、航空法上の基本資格と乗務資格をいうところ、委員会は航空法施行規則一六四条の四に基づく被申請人の訓練審査規程一―五により制定された運航乗務員資格審議委員会規則に基づいて設置され、被申請人が指定定期運送事業者になるための要件として運航本部内に設置された、いうなれば運輸大臣の機長資格認定のための代行機関であるから、その設置目的に照らして委員会には機長候補者を選定する以外の権限はなく、運航乗務員としての資格を免ずる権限はないというべきである。

仮に、委員会が運航乗務員としての資格を免ずることができるとなると、社長が任命した機長を社長の下部組織が免ずることになり、会社組織として人事に統制がとれない結果をまねき不合理であるからである。

(三) (三)の冒頭の事実中、委員会が申請人の運航乗務員としての資格を免じた事由を除き、認める。その事由は、申請人が花子と「倫理上許されない」関係を生じさせた事に尽きるものである。

(1) (1)の事実中、申請人が昭和五六年三月頃から同年九月頃までの間配偶者のある花子と数回にわたつて肉体関係を持つたこと、花子から強姦罪で告訴され、申請人所有の不動産に対して仮差押を受けたこと、花子から不法行為を理由とする損害賠償請求訴訟の提起を受けたこと、昭和五六年三月一六日機長として航空法上義務付けられている「非常救難訓練」の受講を命ぜられていたが出社せず、花子と鎌倉市所在の円覚寺を散歩し、昼食を共にしたうえ横浜市所在の山下公園まで同道したこと、同年五月二五日も「非常救難訓練」の受講を命ぜられていたが右訓練を受講しなかつたこと、同年四月二七日、路線慣熟のため午後八時三〇分成田発バンコック行四七一便に副操縦士として乗務したが、その乗務前に新橋第一ホテルで花子と肉体関係を持つたこと、同年三月二五日路線慣熟のため副操縦士として四七三便(成田―バンコック)乗務、二六日ないし二八日バンコック滞在後二九日同様に四七七便(バンコック―カラチ)乗務、三〇日四七八便(カラチ―バンコック)乗務、三一日バンコック滞在後四月一日四七二便(バンコック―成田)乗務という一連の乗務を命ぜられていたが、欠勤し、二五日花子らと総勢九人で食事をしたこと、外地ホテルから花子に電話し、乗務帰国後演奏会場に行き、花子と共に送迎タクシーで帰宅したこと、以上の事実は認めるが、その余の事実は否認する。

(2) (2)の事実は認める。

ただし、申請人が第二回目の身体検査である問診を受けなかつたのは、花子側の告訴問題につき被申請人の対応に重大な落度があつたため、申請人に問診を受けることができないほどの精神的疲労を生じさせたからであつて、申請人の責に帰すべき事由により受診しなかつたものではない。

さらに、航空身体検査証明は失効しても、その後航空身体検査を受診することにより容易に再取得することができるうえ、右の受診は被申請人の協力と援助があればいつでもできるものであるのに、被申請人は申請人が受診するについて協力も援助もせず、かえつて申請人の形式的な検査不受診による航空身体検査証明の失効を楯にとり、申請人の運航乗務員としての資格を剥奪しようと企図したものである。

(3) (3)の事実中、申請人に運航乗務員として全幅の信頼を置き、約三三億円の機材と二〇〇余名の人命を委ねることはできないとの点は否認する、その余の点は認める。

妻の義弟との傷害事件であるが、これは義弟の方に問題があつたのであり、罰金額は義弟の方が多額である。

2  2(不就労)について

仮に申請人の主張する不就労事実が存したとしても、これは就業規則五二条一項三号には該当しない。

すなわち、右就業規則条項は、五号が一般的基準を定め、一ないし四号はその各論的基準を定めるものであるから、三号の「勤務成績が著しく不良のとき」とは五号の解釈運用基準(1)「懲戒解雇又はこれに相当するような非行を行つたとき」に準ずるものでなければならないところ、懲戒解雇、停職又は出勤停止について規定する就業規則五七条二号は、そのA項において「再三の注意にも拘らず、正当な理由なく就労せず、もしくは業務上の指示に従わないとき」と、またB項において「連続一四日以上無届不就労を行つたとき」とそれぞれ規定する。そうすると、就業規則五二条一項三号の「勤務成績が著しく不良のとき」とは同五七条二号A項、B項に準じたものでなければならないのに、被申請人が主張する申請人の不就労は右A項、B項いずれにも該当しないのであるから、同五二条一項三号にも該当しないものといわざるを得ず、本件解雇は就業規則の適用を誤つたものといわねばならない。

そこで、以下、被申請人の主張する不就労事実についての認否(ただし、(一)ないし(三)については先に認否をしたとおりである。)をする。

(一) (一)の事実につき、申請人は三月一六日当日乗員課に電話連絡をしたうえ非常救難訓練の受講を五月二五日に変更してもらつている。申請人が期日を変更してもらつた理由は三月一六日に花子と会うためではなく、同日は翌一七日に予定されていたバンコク・カラチ路線の地上教育訓練を受講するための下準備をしなければならなかつたからである。

なお、非常救難訓練は一年に一回受講すればよいものであり、機長としての本来の業務ではなかつたことから本来の業務の合い間に受講すればよいこととなつており、その日時の選定は乗務員の都合で容易に変更できるものであつた。

(二) (二)の事実につき、申請人は、バンコク・カラチ路線は未経験であり、路線の慣熟飛行のあとに行われるバンコク・カラチの路線資格審査を受ける自信がなかつたため、三月二一日又は二二日に乗員課に振替えを申し入れ、翌月に変更してもらつたものである。

また、右変更は花子との関係によるものではない。

(三) (三)の事実につき、申請人は被申請人に事前に連絡したうえ、受講期日を変更してもらつている。非常救難訓練の受講の仕方については前述したとおりである。

(四) (四)の事実は認める。

ただし、申請人は、五月二八日から三〇日まで、宮古島の下地島日航訓練所において専任乗員教官の資格取得のための訓練が予定されていたので、その準備のため、事前に被申請人に電話で連絡し、乗員課の了承を得て、地上教育訓練を延期してもらつたものである。

(五) (五)の事実中、正当な理由なく、との点を除き、認める。

ただし、被申請人が強姦の事実を誤解したうえ、花子側の恫喝に屈して申請人に退職を強要しようとしていたので、身を守るために出社しなかつたものであり、被申請人の出社命令自体が正当なものではなかつたのである。

3  3(忠実義務違反)について

全面的に争う。

忠実義務の概念自体認められないが、仮にこれを認めるとしても、被申請人が主張するような私的な事柄についてまで忠実義務を負うことはない。

五  申請人の主張及び再抗弁

1  運航乗務員としての資格剥奪と委員会の権限

前述したとおり委員会には申請人の運航乗務員としての資格を免ずる権限はないから、これを免ずる旨の決定は無効であり、したがつて、これを前提としてなされた本件解雇も無効である。

2  解釈運用基準(3)にいう「資格」喪失の意義と就業規則の適用

解釈運用基準(3)にいう「資格」喪失とは航空法二二条ないし二四条に定める基本資格である航空従事者技能証明が取消されたこと(同法三〇条一項)をいうと解すべきところ、申請人は右技能証明を取消されたことはないから、解釈運用基準(3)に該当せず、本件解雇は就業規則の解釈適用を誤つてなされたものであるから無効である。

3  運航乗務員としての資格の喪失と職種変更可能性

申請人と被申請人との間の労働契約関係が職種を限定したものであつても、就業規則四二条二項「職員の職種変更については、資格の喪失、その他特別な場合を除き、事前に本人の同意を得て行う。」の規定の反対解釈により、被申請人はその職員が資格を喪失した場合にはその同意を得なくとも職種の変更をすることができ、当然には解雇できないのに、本件解雇は右就業規則の規定を看過し、申請人が運航乗務員としての資格を免ぜられたことから直ちになしたものであつて無効である。

4  解雇権の濫用

本件解雇は正当な事由なくしてなされたものであり、仮に申請人に就業規則五二条一項三号及び五号に該当する事由が存したとしても、次の例、すなわち、昭和五三年一〇月現職機長がスチュワーデスを強姦したとしてこれが週刊紙に掲載され世間にも明らかになつたにもかかわらず、右機長は解雇されることなく、現在も被申請人に勤務していること、一旦何らかの事情で運航乗務員としての資格を失つたとしても直ちに解雇されることなく、後日再度資格を取得して機長となつた事例は数多くあることなどからみて本件解雇は苛酷にすぎるものであり、また、本件解雇は申請人の社外における花子との反倫理的行為を理由とするものであるところ、社外における非行や反社会的行為は、それ自体をもつて懲戒処分の対象とすることはできず、これらの非行が会社業務に支障を及ぼした場合にはじめて処分の対象となりうるものと解すべきところ、申請人にはこのような支障を全く及ぼしたことはなく、花子側の弁護士から申請人を解雇するよう強要され、被申請人はこれに屈して本件解雇をなしたものであるから、本件解雇は解雇権を濫用してなされたものとして無効である。

六  申請人の主張に対する反駁及び再抗弁に対する認否

1  運航乗務員としての資格剥奪と委員会の権限について

委員会に運航乗務員としての資格を免ずる権限がないとの主張は争う。

委員会は、委員会規則二条一項に定める、委員会は「運航乗務員及び同要員の資格に関し、運航本部長が必要と認める事項」につき審議するとの規定に基づいて、被申請人との労働契約上の資格である運航乗務員としての資格を免ずる権限を有するのである。申請人の主張は被申請人が独自に認定・付与した被申請人の機長としての資格と航空法上の業務遂行要件とを混同しているのである。

また、委員会は社長から独立した機構であり、その決定はこれが確定した場合には被申請人の最終の決定となる。このような制度は、前述したとおり、運航乗務員という高度の専門的知識、技能等を要する資格の任免は、これを判断しうる専門的知識、技能等を有する機関によつて、専ら右の専門的知識、技能等の面から判断するのが合理的であるとの見解に立脚するものであつて、機長のみは管理職であることからその任命は一般地上職の管理職同様社長が行うものの、これも認証行為に近く、罷免についてはその認証が不要というにすぎないのである。

2  解釈運用基準(3)にいう「資格」喪失の意義と就業規則の適用について

解釈運用基準(3)にいう「資格」喪失には、労働契約上の資格である運航乗務員としての資格を免ぜられた場合を含むものである。

3  運航乗務員としての資格の喪失と職種変更可能性について

就業規則四二条二項には申請人の主張するとおりの定めがなされていることは認める。しかし、その余の点は全面的に争う。

他職種への変更は常に労使の合意を要するところ、申請人からその申入れはなく被申請人にもその意思は全くない。

4  解雇権の濫用について

全面的に争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一申請の理由1及び2の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

二そこで、抗弁について判断する。

1  被申請人は、昭和五八年一月二二日、申請人に対し、本件解雇、すなわち、申請人には就業規則五二条一項三号「勤務成績が著しく不良のとき」及び同五号「本人の責により雇用を継続し難い重大な事由が生じたとき」に各該当する事由があることを理由に、同日付をもつて解雇する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

2  そこで、以下、本件解雇理由の存否について順次検討することとする。

(一)  先ず、運航乗務員としての資格の喪失について検討する。

(1) 委員会が申請人の運航乗務員としての資格を免じたこと、就業規則五二条一項は「会社は職員が次の各号の一に該当すると認めるときは解雇する。」と定め、その五号には「本人の責により雇用を継続し難い重大な事由が生じたとき(同規則解釈運用基準によれば「本人の責により雇用を継続し難い重大な事由」とは「(1)、(2)省略。(3)、本人の責により資格を喪失し、職種変更ができないとき」とされている。)」と定められていること、被申請人の職員は職員ⅠないしⅣの四つの職種に分かれ、それぞれ職務の内容、採用手続、採用後の労働条件等が全く異なつていること、申請人は職員Ⅲの運航乗務員として職種を限定して雇用され、航空機の操縦業務及びこれに付帯関連する業務に従事していたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

(2) 委員会の設置目的、権限等について検討する。

① 被申請人が運航乗務員の資格一般に関する事項を審議するため、その主張の委員から成る委員会を設置していることは当事者間に争いがなく、この事実に〈証拠〉を総合すると、委員会は航空法七二条五号、同法施行規則一六四条の四に基づく訓練審査規程第一章一―五の「その他の規則」として定められた運航乗務員資格審議委員会規則により設置されたものであつて、その目的は「運航乗務員及び同要員の資格一般に関する事項及び機長昇格訓練投入者の決定について適正な審議を行い、もつて運航乗務員の総体的水準の向上を図ること」(同規則一条)にあり、またその審議事項は「一、運航乗務員及び同要員の資格に関し、運航本部長が必要と認める事項。二、運航乗務員及び同要員の資格に関する査定の結果、運航乗務員査定委員会委員長が提議する事項。三、機長昇格訓練投入者の決定。」(同規則二条)と定められていることが一応認められる。

② そこで、問題となるのは、委員会には被申請人が主張するように、運航乗務員の技量、身体、勤務状況その他一切の事情を考慮し、運航乗務員として適切でないと認めたときはこれを免ずる権限を有するか否かの点である。

前記(1)で認定したところによれば、運航乗務員とは被申請人における一職種(職種Ⅲ運航乗務員)をいうところ、〈証拠〉を総合すると、運航乗務員(航空法上の用語ではなく被申請人固有の呼称である。)は、機長、副操縦士、セカンドオフィサー、航空機関士に区分され、いずれも航空機の運航という高度に専門技術的な業務に従事し、多数の人命と高価な機材を委ねられて、その安全な運航に被申請人の社会的信用がかかるという重要な職務を担うこと、殊に機長についてはこの職責が最も重く、それ故に管理職員として遇していること、したがつて被申請人はその運航乗務員に航空機の運航にあたり航空法及び電波法上具備することの必要な資格、証明、経験のみならず、さらにこれに加え、被申請人が必要と認める経験、要件等をも具備することを要求していること、そこで被申請人はその運航乗務員には右法律上要求される資格等に加えてさらにいかなる資格、要件等を必要とするか、また、以上要求される諸資格、要件等を運航乗務員が具備しているか等運航乗務員の資格一般に関する事項を専門的見地から審議するための機関として委員会を運航本部内に設置したものであること、したがつてそこで審議される運航本部長が必要と認める事項とは航空法及び電波法上の資格に限られず、運航本部長が究極的に運航の安全のため必要と認める事項全般にわたること、ところで、航空機の安全、快適な運航には運航乗務員の一瞬の冷静かつ的確な判断、操作が要請される(さらに、航空法七二条以下には機長職(オペレーションマニュアル〇四―〇四―〇一―3に定めるパイロット・イン・コマンド)を行う者には平常時及び危急時における種々の権限、義務が定められている。)ことから被申請人においては運航乗務員について航空法及び電波法上の資格等である知識、技量、経験、肉体的健康及び精神的健康(航空法施行規則別表第四航空身体検査基準六項には、一、精神病又は神経症がないこと、二、明らかな性格異常又は重大な行動異常がないこと、三、以下省略と定められる。)のほかに人格をもその重要な要件としていること、しかもこの人格は殊に副操縦士から機長に任命されるに際しては機長職の重要性にかんがみ、二次にわたり責任感、情緒安定感、規律性、協調性等八項目にわたる人物評定がなされ、さらにその後資格審議委員会の構成委員の一部から成る査定委員会の面接に際し責任感、社会性等七項目の評定がなされるなど慎重な審査がなされ極めて重視されていること、以上の事実を一応認めることができ、右認定を左右するに足る疎明はない。

右認定事実に、〈証拠〉を総合すると、被申請人においては運航乗務員がその資格等として要求されるところに満たない場合には、「運航乗務員の総体的水準の向上を図る」ため委員会において「運航本部長が必要と認める事項」等として審議し運航乗務員としての資格を免ずることができるとされていること、委員会のこの決定は被申請人にとつての最終の意思決定であつて、委員会はこのような機関として位置づけられていること、これは専門的見地からの審査をするため通常の人事とは異なり委員会に所管させることとされたものであること、被申請人においては右のように委員会において運航乗務員としての資格を免ずることができるとの解釈の下に、これまで、そのほとんどが健康上の理由によるものではあつたが、委員会において運航乗務員としての資格を免ずる取扱いをなしてきたこと、この場合の運航乗務員としての資格を免じたというのは、航空法上の資格を意味するものではなく、被申請人によつて付与された、機長という身分・地位を免じたということであつて、被申請人の職員という地位まで免ずる権限はなく、また、この地位まで免じたものではなかつたから、この地位は依然として被申請人との間に継続していたものであること、委員会において運航乗務員としての資格を免ずるというのは右の趣旨であつて、職員としての地位を剥奪(すなわち解雇を意味する。)するか否かの決定権限は被申請人の他の機関によつてなされるものであること、これを申請人についてみれば、委員会は、昭和五七年一二月二七日、運航乗務員としての資格を免じた決定をなし、これに対して申請人が再審議の申立をなしたが、これをも却下し、これにより該決定は確定したことは当事者間に争いのないところであるが、委員会が申請人に対し、運航乗務員としての資格を免じたというのは、申請人に対し被申請人によつて付与された機長としての身分・地位を免じたというものであつて、被申請人の職員としての地位まで剥奪したものではないので、委員会の右決定とは別に申請人の職員としての地位を剥奪するために被申請人によつて本件解雇の意思表示がなされたものであること、以上の事実を一応認めることができ、この認定を左右するに足りる疎明はない。

ところで、申請人は委員会には運航乗務員としての資格を免ずる権限はないと主張し、その理由として、先ず、右資格が航空法上の資格に限るとするのであるが、右認定事実によると、委員会が免じた資格は、被申請人によつて付与された機長としての身分・地位、すなわち、航空法上及び電波法上の資格ではなく、これらの資格を充足したうえで、機長としての職責の重要性に鑑み、人物審査に重点を置いた慎重な選任手続により選任されることによつて付与された機長としての身分・地位であるというのであるから、申請人のこの点に関する主張は独自の主張を前提とするものであつて理由がないというべきである。

次に申請人は、委員会の設置目的は被申請人が指定定期運送事業者になるために必要な機長候補者を選定することにあるとし、これを前提に、委員会には機長候補者を選定する以外の権限はないと主張する。もつとも、〈証拠〉によれば委員会の設置目的の一つが右主張のとおりであることが一応認められるが、委員会の設置目的、機能がこれのみに限られないことは前記認定したとおりであるから、この点についての申請人の主張も理由がないというべきである。

さらに申請人は、機長は管理職であり、その任命は社長によつてなされるのであるからその機長たる運航乗務員を社長の下部組織である委員会が免ずることはできない旨主張する。なるほど、被申請人においてはその機長は管理職とされ、その任命は被申請人(社長)によつてなされることは前記認定のとおりであるが、しかし被申請人の職階、資格の任免を被申請人のいかなる職位の者又は機関が行う権限を有するかは被申請人において自由に定めうるところであつて、運航乗務員の資格については委員会で免ずることができるとされていることは前記認定のとおりであるから、この点についての申請人の主張も理由がないというべきである。

(3) そこで、委員会の罷免事由についてみるに、

〈証拠〉を総合すると、次のとおりであることを一応認めることができ、これに反する疎明はない。すなわち、申請人は、

① 昭和五七年三月二三日にみずから、第一回目の航空身体検査を受診するも、その後第二回目の受診については、二度にわたる受診の督促に対し申請人も諒承しながら何の連絡もなく受診せず、その結果同年五月二四日をもつて、申請人の第一種航空身体検査証明は失効し、乗務員としての資格要件を欠いた状態となつている。その後今日に至るも無資格の状況にある。

② DC―8運航乗員部の調査により、昭和五六年三月二五日より同年四月一日の乗務指示を直前になり虚偽の理由により拒否している事実が発見された。

③ 同年三月一六日及び同年五月二五・二六日の地上勤務指示も正当な理由なく無届不就労を行つている。なお当該地上勤務は、乗務員にとつて定期受講が義務付けられている極めて重要な意味をもつ「非常救難訓練」を含むものである。

④ 以上の状況を重大視した職制の再三の呼び出しにも応ぜず、あまつさえ、昭和五七年一一月二六日付の内容証明郵便による呼び出しについても現在に至るまで何ら応答のない状況である。

この他、申請人には、暴行容疑で係争中の告訴事件を持ち、またこのため損害賠償請求権を被保全権利として住宅に対して仮差押を受けている状況にあり、昭和五六年九月に起した傷害事件により有罪判決を受けている事実も判明している。これを別としても上記①ないし④の各項の事実は、オペレーションマニュアル(〇四―〇二、〇四―〇六、〇四―〇八)の諸規則に定める如く、乗務員の要件に悖るものである。したがつて、第二七〇回資格審議委員会としては、「申請人の運航乗務員としての資格を免ずる」ものとする。

以上が委員会の申請人に対する罷免事由であるが、被申請人は、委員会の罷免事由としてこの事実以外に、花子との関係(主として肉体関係)等多数の事実をも主張しているが、右認定したところから明らかなとおり、罷免事由は右認定の①ないし④の事実に限られていたのであつて、被申請人の主張するその余の事実は背景事情として考慮されたことは窺えるが、直接の罷免事由とはなつていなかつたものというべきである。

(4) ところで、委員会が申請人に対し運航乗務員としての資格を免じた決定をなした経緯は次のとおりである。

すなわち、

〈証拠〉を総合すると次の事実を一応認めることができる。

① 被申請人のDC―8運航乗員部国内・南回り欧州路線室室長万名康行(同人は同室に配属された機長、副操縦士、セカンドオフィサー等の乗員を管理・監督する立場にあつた。)は、昭和五六年一〇月二一日、横浜弁護士会所属弁護士川島政雄から電話で、花子の委任を受けているが、同女が申請人を同女に対する脅迫・暴行罪で葉山警察署に告訴したので、告訴人と直接会つて欲しい、との要請を受けた。万名室長は、突然の要請に困惑し、上司と相談する必要があると考え、取敢えず同年一一月初旬に告訴人と会うことを約した。

なお、右告訴事実は、申請人が同年三月二八日午後九時頃と同年六月二四日午前一一時頃の二回にわたり花子(申請人の住居の近くに夫及び二人の子と共に居住し、申請人の長男のピアノの教師をしていた女性である。)を強姦した、というものであつた。

② 万名室長は、同月三〇日、上司である須田和彦部長、吉永正篤副部長と対処方を相談した結果、当事者双方から事情聴取をして事実関係を確認すべきであるとの結論に達した。そこで、同室長は、同年一一月七日、右吉永副部長と共に川島弁護士事務所に赴き花子夫妻及び同弁護士と面談して説明を受けるとともに告訴状の写を受けとつた。なお、その際同弁護士は、吉永副部長に対し、告訴人側の要求として、被申請人が申請人を厳しく処罰すること、被申請人代表者に本件を報告すること、申請人が現住居から他に転居することを述べた。

③ 須田部長らは、右経緯から本件は現役機長が絡んだありうべからざる破廉恥事件であり、このことが公になれば被申請人の名誉及び機長に対する信頼が著しく損われると判断し、同年一一月九日、運航本部の最高責任者である杉山益雄本部長(取締役)、尾崎行良副本部長(取締役)及び信濃俊郎業務部長にこれまでの経緯を報告した。

④ 須田部長は、翌一〇日、杉山本部長の命を受けて申請人の運航乗務を同日以降停止する処置をとるとともに、申請人に対し、同月一一日に同部長まで出頭することを命じた。

⑤ 須田部長と吉永副部長は、同月一一日午後四時三〇分頃から同七時三〇分頃まで申請人から事情聴取をした。申請人は、その際、妻が家出を繰り返すなど家庭内が極めて不安定であることを述べたが、告訴事実についてはすべて捏造されたものである旨主張し、花子との肉体関係の存在自体を強く否定した。須田部長らは申請人に対し、本件の解決に努め、その推移等を逐一万名室長宛に報告するよう指示し、申請人もこれを了承した。

⑥ ところが申請人は、一か月近く経過しても右指示された報告をしなかつたため、万名室長は申請人に対し、同年一二月八日須田部長まで出頭することを命じた。同日、須田部長、吉永副部長、万名室長が申請人からその後の経過について事情聴取をしたところ、申請人は、事件解決のための努力を全くしていないこと、機長としての名誉にかけて疚しい点は少しもないこと、告訴事実は捏造であり、花子との肉体関係は一切ないことを述べた。万名室長は申請人に対し、一日も早く事件の解決に努めるよう述べた。

なお、須田部長らは、申請人が告訴事実を強く否定していることでもあるから、申請人の長期間にわたる運航乗務停止による操縦技能の低下を恐れ、同年一二月二五日から二六日にかけて須田部長を機長とし、申請人を副操縦士として運航乗務に就かせることとし、この乗務は予定どおり実施された。

⑦ 川島弁護士は、昭和五七年一月九日、電話で万名室長に対し、申請人が警察当局に対して花子との肉体関係を認めた旨述べた。そこで、同室長は、同月一一日、電話で申請人に事情聴取したところ、申請人は、これまで花子との疚しい関係は一切なく、告訴事実は全くの捏造であると主張していたのは虚偽であつたことを認め、警察当局に対し昭和五六年三月頃から同年九月頃まで花子と肉体関係を続けていたことを認めた旨述べた。

⑧ 須田部長、万名室長らは、昭和五七年二月一二日、申請人からその後の事情聴取をしたところ、申請人は、花子との関係は合意の上でのことであるから、道義的・社会的責任も全く感じていない旨述べた。万名室長は、申請人のこのような態度に対し、著しい社会常識の欠如を感じ、当時同年二月九日に発生した片桐機長の異常操縦によるいわゆる羽田沖事故によつて被申請人が運航乗務員の労働契約上の権利を尊重するあまり、何より優先されるべき乗客の生命の安全を軽視しているのではないかとして、その使用者としての管理責任が厳しく問われている折でもあることから、事件が公になることを恐れ、申請人に対し、たとえ合意の上であつても、不道徳で恥ずべきことであるから責任ある対応をするよう説得した。そして、同室長は、翌一三日、申請人と共に川島弁護士と面談したところ、同弁護士は、申請人が道義的・社会的責任を認めるならば示談交渉に応ずる用意がある旨を述べた。そこで、同室長は申請人に対し刑事責任はともかく、花子の夫に対する道義的責任まで否定することはできず、事件が公になれば、羽田沖事故によつて地に墜ちた被申請人の社会的信用、申請人の同僚である被申請人の機長らへの信頼も一層傷つくことになるので、誠意をもつて交渉にあたり、常識的に穏便な解決を図るように重ねて説得した。

⑨ 万名室長は、同月一九日、申請人に電話でその後の経緯を尋ねたところ、申請人は、自分は悪いことをしたのではないから示談に応ずる意向も、自分の方から解決への努力をするつもりも全くない旨答えた。

⑩ 申請人は、川島弁護士との交渉の際一週間以内に返事をする旨約束しながら期限後も同弁護士に何らの連絡もしなかつたため、花子の夫乙山一夫からついに被申請人社長宛に同年三月一五日付内容証明郵便で申請人の人格を批難したうえで申請人を懲戒免職処分にすべきである旨の要求がなされた。

⑪ 同年三月一九日川島弁護士から万名室長に対し電話で申請人が傷害事件で罰金刑を受けたことを承知しているかなどの問合わせがありこれにより被申請人は申請人の右傷害事件の内容を知つた。この傷害事件というのは次のようなものであつた。すなわち、

申請人と花子の関係が親密であつたことなどから申請人と妻との間に離婚話が生じ、妻は申請人宅に子供を残したまま家を出、親戚方に身を寄せるなどしていた。ところが、申請人は、昭和五六年九月七日業務で家を空けることから、子供を妻に託すべく二人の子供を連れて右親戚方に赴いたところ、応待に出た妻の顔面をやにわに手拳で殴打したため申請人の暴力行使に備えて、妻の依頼により待機していた妻の義弟と殴り合いのけんかとなつたが、その結果、申請人は義弟に加療約一週間を要する左前腕、左太腿打撲の傷害を与え、一一〇番通報によりかけつけた警察官に逮捕され、勾留された。このとき、申請人は、花子に身柄引受人になつてくれるよう依頼したが、拒絶された。当初申請人は、右傷害事件についての略式裁判に応ぜず、被疑事実を争う姿勢であつたが、前記認定の花子の告訴問題に対応するため、同年一二月二八日略式裁判に応ずることとし、昭和五七年一月鎌倉簡易裁判所で罰金二万円の判決を受け、右判決はその頃確定した、というものである。

⑫ 以上のような経緯から万名室長は、申請人は常識に欠けること甚だしく、激情的で粗暴な性格であり、自己中心的で上司の指示、忠告に耳を貸そうとせず、事実の客観的認識能力、問題解決能力にも欠け、そのため、多数の乗客の人命を託され、いかなる困難な事態にも沈着機敏に対応しなければならない機長業務に復帰させることは妥当でないとの判断を一層強め、上司と相談のうえ、同年三月二九日、申請人に対し、DC―8運航乗員部長付機長を命じ、申請人はライン運航業務から完全にはずされた。

⑬ 申請人は、同年五月二〇日、新しくDC―8運航乗員部長に就任した年代信男らと面談し、年代部長から事件の早期解決をはかる見地から事実経過等の説明を求められたのに対し要領を得た説明ができなかつたため、年代部長から報告書の提出を命じられ、また年代部長退席後万名室長、DC―8運航乗員課長白根幹朗からさらに事情聴取を受けたものの、申請人は、自分には責任がなく、解決すべき問題もないとの従前からの主張を繰り返すのみで、乙山一夫からの前記要求に対する会社としての妥当な対応を決するために、申請人からの卒直な説明が不可欠であるとの上司の求めに応じようともせず、解決へ向けて取組む姿勢も全く見せなかつた。

⑭ 申請人は万名室長らの再三の督促にもかかわらず右報告書を提出せず、同年七月一四日年代部長から内容証明郵便により期限付提出命令を受けるに及んで同月二五日ようやく簡単な報告書を提出した。右報告書には花子と知り合つて以来の交際内容及び肉体関係並びに不就労日の申請人の行動等が記載され、依然として自己弁護に終始する趣旨のものであつたが、申請人の出勤途上の情事や病気等を理由として予定された業務に就かなかつた日の実際の行動の一部が上司にはじめて判明し、その職務に対する軽視の姿勢があらためて上司を驚かせた。

⑮ 申請人は同年八月九日、花子夫妻から告訴にかかる損害賠償請求権を被保全権利として住宅に対して仮差押を受けた(但し、この点は当事者間に争いがない。)。

⑯ 申請人は、右の間、同年三月二三日、航空身体検査証明書の維持に必要な第一回航空身体検査を受診したものの、所定の第二回検査である問診については被申請人の二度にわたる督促にもかかわらず、精神的に疲労しており合格に自信がないと考えて受診せず、その結果申請人の第一種航空身体検査証明は有効期限である同年五月二四日の経過をもつて失効し、乗務員としての資格要件を欠いた状態となつており、これ以後同証明を得るため身体検査を受診したことはなかつた(ただし、以上の事実中受診しなかつた理由を除き当事者間に争いがない。)。

航空身体検査証明とは航空法二八条、三一条ないし三三条に定められた航空機に乗り組んでその運航を行う機長として必ず具備していなければならない資格要件であつて、被申請人は同法条の定めに従いオペレーションマニュアル(〇四―〇六―〇一)に機長の基本資格として有効な第一種航空身体検査証明書を有することが義務付けられている。

⑰ 前記申請人からの報告書と申請人の勤務実績との裏付調査の結果、申請人の機長としての問題行動として明らかになつたのは次のとおりであつた。

申請人は、昭和五六年三月一六日、地上救難訓練を命ぜられていたにもかかわらず無断でこれを怠つた。しかも、申請人は、同日、花子と鎌倉市所在の円覚寺を散歩して昼食を共にした後、横浜市所在の山下公園まで同道している(ただし、会社に無断である、との点を除き当事者間に争いがない。)。

地上救難訓練は、運航中の気象の変化、航空機の変調等によつて生じ得る緊急非常事態に臨んで機長が最善を尽して乗客の安全を確保するために実施するものであつて、必要欠くべからざるものであり、航空法及び同法施行規則二一六条の定めに従い、被申請人の運航規程に定められ、これを受けたオペレーションマニュアル(〇四―〇六―〇一―2―(1)―(6))には、定期便及び不定期便に従事する被申請人の機長の乗務員資格要件として明確に義務付けられているところである。

申請人は、同月二五日、南回り欧州路線資格取得のため副操縦士として四七三便(成田―バンコック)乗務、二六日ないし二八日バンコック滞在後二九日同様に四七七便(バンコック―カラチ)乗務、三〇日四七八便(カラチ―バンコック)乗務、三一日バンコック滞在後四月一日四七二便(バンコック―成田)乗務という一連の乗務を命ぜられていた(ただし、以上の事実は当事者間に争いがない。)が、当日になつて病気で乗務できない旨連絡してきたため、被申請人は急拠右一連の乗務割の変更とそれに伴う関係乗員の乗務割の変更を余儀なくされた。

申請人は、同日、妻の誕生日であつたため、前日から計画し、花子を含む近隣居住者九名で誕生パーティをしていたものである。

申請人は、同年四月二七日、右延期された慣熟訓練をしたが、その出勤途上花子と待ち合わせ、新橋第一ホテルにおいて乗務直前に肉体関係を持つた。

申請人は、同年五月二五日、改めて地上救難訓練を命ぜられていた(ただし、以上の事実は当事者間に争いがない。)にもかかわらず無断でこれを怠つた。

申請人は、同月二六日、定期地上訓練を命ぜられていた(但し、以上の事実は当事者間に争いがない。)にもかかわらず無断でこれを怠つた。

右訓練は、航空法一〇四条、同法施行規則一二六条の定めに従い、被申請人の運航規程に定められ、これを受けたオペレーションマニュアル(〇四―〇六―〇一―2―(1)―b)に定められている定期地上訓練である。

申請人は同年九月七日命ぜられていた地上救難訓練を無断で怠つた。

⑱ 以上の調査結果を重視した修行享部長代行は申請人に対し次のとおり出社命令を出したが、申請人はいずれも出社しなかつた。すなわち、

昭和五七年一一月四日、八日の各出社命令には病気と詐称して、また、同月一〇日の出社命令に対しては何の連絡もせずに、更に内容証明郵便にて命ぜられた同年一二月三日の出社に対しても何らの連絡もしなかつた(ただし、以上の事実中、出社しなかつた理由を除き当事者間に争いがない。)。

⑲ 以上の経過を踏まえ、DC―8運航乗員部は申請人の取扱いを委員会に上申することとし、これを受けて同月二七日開催された委員会は審議の結果出席委員全員の一致にて前記認定のとおり申請人の運航乗務員としての資格を免ずる決定をし、更に右決定通知を受けた申請人からの再審議申立を昭和五八年一月一七日再審議のうえ却下した。

以上の事実が一応認められ、右認定に反する〈証拠〉は前掲各証拠と対比するとたやすく採用できず、他に右認定を左右するに足りる疎明はない。

(5)  右認定事実によると、委員会が申請人の運航乗務員としての資格を免じた事由は存したものということができる。ところで、被申請人においては運航乗務員としての資格が高度に専門的なものであることからその資格要件を判断するにあたつてはそれにふさわしい専門委員会を設置し、その判断に委ねるものとしていることからすると委員会の判断は罷免事由が存しないとか罷免が著しく不当であるとかの特段の事由がない限りこれを尊重すべきである。

前記認定した諸点を総合考慮すると、申請人には多数の旅客・乗務員の生命と高価な機材を全幅の信頼をもつて委ねうるだけの精神的安定性、責任感に欠け、また、被申請人の安全運航体制に対する旅客の信頼を損なわないような人格的資質に欠け、かつこの欠陥は、改善困難であつて被申請人の機長のみならず、いかなる運航乗務員としても不適格であると判断されることも一応相当なものとして肯認できるところである。

そうすると、申請人には委員会が認定した運航乗務員としての資格の罷免事由がいずれも認められ、また、この委員会の罷免決定には前述した特段の事由を窺うに足る疎明もないから、申請人の運航乗務員としての資格を免じた委員会決定は有効というべきである。

(6)  そこで、運航乗務員としての資格喪失と就業規則との関係について検討するに、前記認定のとおり申請人は運航乗務員という職種を限定した労働契約上の被用者であつたところ、委員会においてこれを免ぜられた以上、債務の本旨である運航業務に従事することが不能となつたものと認められ、これは就業規則五二条一項五号(同規則解釈運用基準(3))に該当するというべきである。

(7)  申請人は、運航乗務員を免ぜられたとしても被申請人は就業規則四二条二項「職員の職種変更については、資格の喪失、その他特別な場合を除き、事前に本人の同意を得て行う。」の反対解釈により申請人の同意を得ずして職種を変更できるから解雇はできないと主張するが、前記認定の事実に、〈証拠〉を総合すると、被申請人の職員は職員ⅠないしⅣの四つの職種に分かれ、それぞれその職務内容、採用手続、入社後の労働条件等が全く異なるのであるから、就業規則四二条二項は職員が資格を喪失した場合に被申請人において相当と認めるときは職員の同意を得なくとも職種の変更を行うことができるというにすぎず、常に職種を変更し雇用を継続しなければならない義務を課したとまでは解されないから、この点についての申請人の主張は失当というべきである。

(二) 次に第二の解雇理由たる不就労について検討する。

就業規則五二条一項三号には被申請人の主張するとおりの定めがなされていることは当事者間に争いがなく、被申請人の主張する申請人の不就労事実は全部これを認めることができることは前記認定したとおりである。

なお、申請人は、被申請人からの昭和五七年一一月四日、同月八日、同月一〇日、同年一二月三日の各出社命令に対し、いずれも出社しなかつた理由について、被申請人は申請人が花子を強姦したものと誤解したうえ花子側の恫喝に屈して申請人に退職を強要しようとしていたため、申請人は身を守るため出社しなかつたものであり、申請人の出社命令自体が不当であつたのだから不出社には正当な理由があると主張するが、前記認定の経緯に照らせば、被申請人の出社命令は、申請人の機長という身分について未解決のまま既に一年以上も経過しているので、この懸案を解決するため、被申請人の一方的処分による決着を避け、上司との話し合いにより申請人の自発的行動による問題解決を図るために申請人の意見を聴取することを目的としたものであつたことは、当の申請人自身に理解し得ないはずはないと考えられることからすると、度重なる出社命令を無視したばかりか、出社しない理由を連絡しようとさえしなかつた申請人の行動は、会社という組織の一員としての基本的ルール違反というほかはない。

してみると、申請人の右不就労は全体としてこれをみれば前記就業規則五二条一項三号「勤務成績が著しく不良のとき」に該当するものというべきである。

申請人は、申請人の右不就労は就業規則五七条二号との均衡上右解雇事由には該たらないと主張する。

〈証拠〉によれば、就業規則五七条二号は懲戒解雇、停職又は出勤停止の場合を規定し、A項「再三の注意にもかかわらず正当な理由なく就労せず、もしくは業務上の指示命令に従わないとき」、B項「連続一四日以上無届不就労を行つたとき」、C項ないしQ項「省略」と規定されていることを一応認めることができる。

ところで、通常解雇といえどもこの重大性からみて就業規則五二条一項三号「勤務成績が著しく不良のとき」とは同五七条二号A項、B項に準ずべき場合であると解するのが相当である。

これを本件についてみるに、右認定の不就労については、その経緯、申請人の態度、申請人が機長たる地位を有するものであることに照らすと、少なくとも同五七条二号A項に該当ないし準ずべき場合であると解され、よつて同五二条一項三号に該当することは前述したとおりであるから、この点に関する申請人の主張は理由がない。

3  以上説示したところから明らかなとおり、本件解雇には、忠実義務違反として被申請人の主張するところについて判断するまでもなく、その理由が存するものということができる。

三そこで、申請人の主張及び再抗弁について検討する。

申請人の主張1ないし3がいずれも理由がないことは前述したとおりである。そこで、解雇権の濫用について検討する。

申請人は、同人が就業規則五二条一項三号及び五号に該当するとしても、昭和五三年一〇月現職機長がスチュワーデスを強姦したとしてこれが週刊紙に掲載され世間にも明らかになつたにもかかわらず、右機長は解雇されることなく現在も被申請人に勤務している例にかんがみると、本件解雇は苛酷にすぎる旨主張する。

なるほど、〈証拠〉を総合すると、申請人が主張するとおりの記事が週刊紙に掲載されたこと、当該機長は現在も被申請人に勤務していることを一応認めることができる。しかし、右記事が仮に真実であつたとしても、これと本件とは事案を全く異にするから被申請人が本件につき解雇権を行使するか否かは被申請人の人事権の裁量の範囲内に属する事項であつて両者を同断に取扱わなければならない理由は全くないというべきである。したがつて、申請人のこの点に関する主張も理由がない。

また申請人は、一旦何らかの事情で運航乗務員としての資格を失つた場合でも直ちに解雇されることなく後日再度資格を取得して機長となつた事例が多数あることからみても本件解雇は苛酷にすぎる旨主張するのであるが、本件と同種事例において、右のような取扱いがなされた事例を認めるに足る疎明はなく、右主張は失当たるを免れない。

さらに申請人は、本件解雇は職務外の花子との情事を結局その理由とするものであるが、申請人は職務に直接支障を及ぼすような行為はしていないのであつて、この程度の私生活上の行為のみを理由として解雇まですることは不当である旨主張するので、この点について考える。

労働契約において被用者が使用者に対して負う債務は、指図に従つて労務に服することであるから、通常の職種においては、勤務場所、勤務時間を離れれば、被用者は使用者による格別の制約を受けないのが一般であると考えられる。しかし、〈証拠〉によれば、パイロットにとつて、勤務は事実上フライトの前日自宅における準備から始まり、自宅にあつても翌日のフライトの安全に万全を期すための周到な準備と自己の心身の調整のため全心を傾注しているのが一般のパイロットの現実の生活であることが一応認められ、このことから考えても、旅客機の機長のような乗務前の心身の調整が特に必要であり、また安全運航の直接の責任者としての社会的信頼を保持しなければならない職種においては、いわゆる私生活上の行動であつても、それだけで職務と一切無関係であると即断することは当を得ない。

また、被申請人が申請人を解雇するに至つたのは、前認定の経緯から明らかなように、花子との情事のみを理由とするものとはいえない。すなわち、前記認定の本件解雇に至る経緯に照らすと、まずこの経過を時系列的にみると、申請人が花子との情事に耽溺していた昭和五六年三月から九月までの半年間と川島弁護士の電話による通報を端緒として、その問題の事後処理をめぐつて申請人と上司らとの間のやりとりがあつた同年一〇月から昭和五八年一月の解雇に至る一年三か月間の二つの時期があり、昭和五六年一二月に操縦技術維持のためフライトを命じた時点では、上司らは、なお問題の早期解決と申請人の乗務への復帰を期していたことは明らかであり、上司らをして申請人の運航乗務への復帰を断念するに至らしめたのは、むしろその後の申請人のこの問題に対する前記認定のような対応のし方から、申請人には、航空機の運航乗務員という職務に必要な適性が欠け、その改善も困難であり、被申請人に対する社会的信用維持のために解雇もやむなしとの判断が相当に慎重な手続を経て形成されるに至つたためであることが明らかである。

そして、被申請人の右のような判断は、乗客の生命の安全は、従業員の労働契約上の権利以上に重要な法益であり、航空機の事故は回復不能の損害を生ずるものであるから、その予防に万全を期すことが必要であり、そのためには、乗員にせよ機材にせよ不安要因が一旦発見されたものは、一切の妥協を排して航空機の航行への関与から取り除かれるべきであるとするのが社会通念であると考えられることからすると、首肯すべきものである。

よつて申請人の前記主張は採用できない。

四以上のとおりであるから、本件申請はその余の点についての判断を加えるまでもなくいずれも理由がないものというべきである。そして、性質上保証を立てさせて疎明に代えさせることも相当でないから、本件申請をいずれも却下することとし、申請費用につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官白石悦穂 裁判官林 豊 裁判官納谷 肇)

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